美術出版社が主催している、「美術検定」という検定があります。美術作品への背景知識がどれくらいあるかをはかる、趣味検定です。出題範囲は、西洋・東洋、時代を問わず、いわゆる美術作品と呼ばれるものすべてが対象となり、幅広いです。
私はゆくゆくはこれの1級をとりたいと日夜努力している(?)のですが、今年受けようと思っていた2級の検定試験は、他の資格試験の勉強を優先したため、受検自体を泣く泣くあきらめることとなりました。
ちなみに昨年は3級を受けたのですが、忙しくてまったく勉強できなかったにも関わらず、過去の遺産で合格することができました。3級は、初心者にもおすすめのレベルです。
しかし1級・2級は、ちょっと問題集を見ただけでも難問ぞろいなのがわかるので、さすがにこうはいかないでしょう。
もちろん、努力して勉強して合格したところで、美術検定などはっきりいって何の役にも立ちません。それだけでなく、合格するためには教材を買ったり受検料を払ったりしなくてはいけないので、金銭面で考えたらむしろマイナスです。美術出版社さん、いい仕事してます。
ただ、それでも美術検定を受けることのメリットはいくつかあって、まぁ何といっても楽しいんです。美術鑑賞ってやっぱり趣味の領域のものなので、放っておくと好きな分野ばっかり詳しくなっていってしまうんですけど、こうやって検定試験の勉強をすることで、自分の知識の穴みたいなものが確認できます。所詮趣味なので、穴は穴で放っておいてもいいんですけど、私はやっぱり網羅的な知識があったほうがより美術鑑賞が楽しくなるのではないかと考えてしまうんですね。「この作品の源流はここから来てるわけねー」みたいなものがわかると、いろいろな作品が頭のなかでつながってきて、よりダイナミックに鑑賞することができるのです。あとは時代背景ですね。「こういう時代の雰囲気のなかで、こういう技術が発達したからこの作品」みたいなものが大まかにでもわかると、世界史の壮大なドラマを見ているような気持ちになります。
前置きが長くなりましたが、今回は私が昨年合格した美術検定3級の問題集から、時代順に、私が独断と偏見で「これは良問」と思った問題を10個ピックアップしてみました。高校時代の世界史で習ったことを思い出したり、ちょっと頭をひねったりしてみながら考えてみて下さい。こういった知識があると、美術館に行くのがより楽しくなるかもしれません。(ただし私自身が東洋美術が苦手なので、西洋美術に限定)
★★★
1 原始・古代美術
古代ギリシア、アテネのパルテノン神殿は、ドーリア式という柱頭様式に別の柱頭様式を融合して建築されましたが、その様式をなんといいますか。
1.トスカーナ式 2.イオニア式 3.バシリカ式 4.アイオリス式
2 中世美術
ロマネスク様式の聖堂には壁画が多く描かれましたが、ゴシック様式の聖堂を飾っていたものはなんですか。
1.モザイク 2.板絵 3.レリーフ 4.ステンドグラス
もちろん4。ゴシック建築は天井が高くていかつくてごつくてステンドグラスがあるやつ、ロマネスクは丸くてかわいいやつ、と覚えておけばだいたい合ってます。写真は私が夏に行ったイギリスのバース寺院。
3 ルネサンス美術
キリスト教美術において、「ピエタ」とはどのような場面を指しますか。
1.キリストの洗礼
2.死せるキリストと聖母マリア
3.幼児キリストとその家族
4.キリストの復活
正解は2。サン・ピエトロ大聖堂のミケランジェロのものが有名ですね。サン・ピエトロ大聖堂は並ぶのが大変でめちゃ混んでますが、心臓発作を起こすくらいすごい建物だと思います。
4 マニエリスム
マニエリスム様式に関する記述のうち、正しいものはどれですか。
1.「型どおりで新鮮味がないこと」を意味する言葉を語源としている。
2.16世紀のフランスで興り、やがてヨーロッパ中に影響を及ぼした。
3.調和と均整を重んじた画面構成や人体表現が特徴である。
4.ミケランジェロの後期の作品はその先駆と言われている。
正解は4。マニエリスムはもともと「様式・手法」という意味で、この美術用語が転じて「マンネリ」という「単調で新鮮味がない」って意味の言葉が生まれました。ルネサンスの様式を模倣して型として踏襲しただけ、と今世紀初頭に入るまでは評価が低かった時代の作品群です。しかし、この手とか首がびよ〜んとのびた独特の表現は、後のシュルレアリスムなんかに影響を与えることになります。
『長い首の聖母』パルミジャーノ
5 バロック
「バロック」とはどんな意味ですか。
1.再生 2.暗い部屋 3.装飾過剰 4.ゆがんだ真珠
正解は4ですが、3だったらわかりやすいのになーと思います。大げさで過剰なのがバロック、と覚えておけばだいたい合ってます。
『エマオの晩餐』カラヴァッジョ
6 ロココ
ロココ美術の特徴でないものはどれですか。
1.金工、服装、陶磁器など、華麗な工芸装飾が花開いた。
2.ヴェルサイユ宮殿に代表される、壮大で調和のとれた構成が特徴的。
3.貴族や裕福な市民のための美術。
4.軽妙洒脱で親しみやすく、感覚的な要素を重んじた。
正解は2。ロココはバロックとは対照的に、こじんまりとして親しみやすい感じですね。この時代の画家であるイギリスのウィリアム・ホガースは風俗画をたくさん描いていて、下の絵画もその1つです。注目したいのは、左下の男の子。女の子用のドレスを着せられていますが、男の子です。当時、男児の死亡率が女児より高かったため、女の子用のドレスを着せて女児に見せかけ、死神から守ろうとしたんだとか。しかしその努力もむなしく、この絵の完成直後、この男の子は病死してしまいます。
『グラハム家の子どもたち』ウィリアム・ホガース
7 新古典主義
下図はジャック・ルイ・ダヴィッドが1787年に描いた作品ですが、その題名はどれですか。
1.『ヘラクレスの死』
2.『マラーの死』
3.『ナポレオンの死』
4.『ソクラテスの死』
正解は4。ロココの享楽主義的な雰囲気に対する反発から、もう一度古典的な手法を見直そうというところから出発したのが新古典主義で、ダヴィッドはその代表的な画家です。
8 印象主義
1865年のサロンに入選するも、美術界にスキャンダルを引き起こした作品はどれでしょう。
1.アングル『グランド・オダリスク』
2.マネ『オランピア』
3.カバネル『ヴィーナス誕生』
4.ブーグロー『ヴィーナスの誕生』
正解は2。なぜスキャンダルになったかというと、マネが描いたのがホンモノの娼婦だったからです。それまでの時代にも裸婦像はたくさん描かれてきましたが、ギリシャ神話に登場する女神を描いたようなものばかりだったので、「これは高尚なものであって、やらしいものではないんです!」という言い訳が成立したんですね。だけどマネは、女神でも何でもない現実の娼婦の裸婦像を描いてしまった。だからスキャンダルになったんです。
絵の雰囲気だけでいったら、カバネルの『ヴィーナス誕生』のほうがよっぽどやらしいのに、面白いですね。
9 シュルレアリスム
- 作者: アンドレブルトン,Andre Breton,巖谷國士
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10 20世紀美術
次の画家のうちポップ・アートに属さない人はだれですか。
1.ジャクソン・ポロック
2.アンディ・ウォ—ホル
3.ロイ・リキテンスタイン
4.リチャード・ハミルトン
『No.1』ジャクソン・ポロック
ポップ・アートがアメリカで広がるのは1960年代に入ってから。ポロックはそれよりも前の時代に、ニューヨークで活躍した抽象表現主義の画家です。
さて、問題はここまでです。いくつ合っていましたか?
西洋美術を学ぶのにおすすめな本
問題が一通り終わったところで、最後に本の紹介を少し。
- 作者: 池上英洋
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2012/02/06
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私自身、「何のために美術や映画の勉強をするのか」といわれると「面白いから」としか答えられないダメなところがあるのですが、この本ではそれを美術はかつてメディアであったから、という理由で説明しています。
現代で「メディア」といえば、テレビや新聞、そして何よりもインターネットです。しかし人類の長い歴史を振り返ってみると、識字率が高まり、だれでも普通に“文字が読める”社会になったのは、つい最近です。一部のエライ人を除いてほとんどの人が文字を読めなかった時代、だれかにメッセージを伝えたいと思ったときに何を用いたのかというと、美術を用いたのです。なので、近代前の絵画は、描かれているモチーフなどを読み解くと、何らかの伝えたいメッセージを持っていることがわかります。そのへんはこちらの本を読むと、もっと詳しくわかるでしょう。つまり、近代前の絵画について学ぶことは、近代前の社会が発していたメッセージを学ぶことなのです。
- 作者: 宮下規久朗
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2013/07/10
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では、「目の前の光景をそのまま記録する」という役割を写真にうばわれ、「メッセージを伝える」という役割を他のメディアにうばわれた近代以後の美術は、何をやっているのでしょうか。それこそがまさに現代美術の面白いところなんですが、「純粋な美術としての美術に何ができるのか、何を追求していくべきなのか」っていうのを、アーティスト自身が、美術自身が考えながら進化しているんです。「そういうのよくわかんねぇ」という方には、こちらの本がおすすめ。
- 作者: 藤田令伊
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2009/03/17
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19世紀に写真という技術が登場したとき、「もうこれで絵画は必要ないね、ちゃんちゃん」といった人もいたみたいですが、絵画はなくなりませんでした。
ラスコーの壁画とかを見てもわかる通り、「絵を描く」っていうのは、とても原始的な行為です。子供も、字を覚えて文章を書くようになるより、クレヨンを持って絵を描き始めるほうが早いです。
美術を学ぶっていうのは、かつての人間が作ってきた社会を学ぶこと。同時に、なぜ人間は絵を描いたり、石膏をガリガリ削って彫刻を作ったり、「創作」をするのか、したくなってしまうのか、を学ぶこと。
やっぱ面白いよ超面白いよ美術、と私は思うのです。超面白いので、気が向いたら本屋さんや美術館に行ってみて下さい。
★★★
本日出題したのはこちらの問題集からです。
- 作者: 「美術検定」実行委員会
- 出版社/メーカー: 美術出版社
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