2年かけて、西欧を旅してきた。
出発当時の僕は20歳で、今は22歳になっている。今回は寄稿という形でこの場を借りて、僕が2年かけて旅をしてきた中で、持ってきてよかった! と思ったモノを7つと、あと記憶に残っている旅のエピソードなんかも、いくつか紹介させてもらおうと思う。
1.ノート、筆記用具
最初に、今回の2年間の旅のルートを具体的に言うと、出発はロンドンだった。そこからドーバー海峡を船で渡って、フランスのカレーって街まで行く。それからパリに行って、リヨンからジュネーブを抜け、アルプスを越えてトリノに出た。トリノからジェノヴァ、フィレンツェ、シエナ、そしてローマまで行って、ナポリが終点だった。このルートを、1つの街にだいたい2〜3ヶ月滞在して、2年かけてまわった。
なぜこのルートだったのかというと、正直、父親に勧められたからっていうのが大きい。僕の父も同じく20歳前後のとき、今回の僕とほぼ同じルートで旅に出たのだそうだ。そういえば、僕の友達で1人、このルートにさらに追加してベルリンやウィーンまで行っていたヤツもいたんだけど、僕はこの旅の話をしたときに、父親にそっちのルートは必要ないって言われたから行かなかった。ベルリンやウィーンの宿屋や道路は劣悪だし、何よりパリやフィレンツェやローマに比べると、あのあたりは文化的には二流だと思う。だから必要ない。
持っていって良かったなと思うものは、1つ目は定番だけどノートと筆記用具。何に使うかっていうと、もちろん現地で見聞きしたことを記録しておくため。僕はあまり字が綺麗なほうじゃないんだけど、それでも3日に1回は日記みたいなものを書いていたから、2年経った今ではけっこうな量になった。ここに記録してあることはすべて、大切な、僕の旅の思い出だ。
2.パスポート、ヴィザ、健康証明書などの書類*1
フランス、サルデーニャ王国、トスカーナ大公国、ローマ教皇領、シチリア王国……今回の旅はたくさんの国のヴィザを取得しないといけなくて、準備がすごく大変だった。
書類で忘れちゃいけないのが健康証明書だ。特にヴェネチア共和国の検疫所はめちゃくちゃ厳しいから、健康証明書に加えて、ヴェネチアの前に立ち寄った都市で本人が健康であることを証明するサインをもらわないといけない。これを忘れると、検疫所が管理する施設に三週間くらい放り込まれることになるから、ヴェネチアに立ち寄る予定がある人は絶対に注意してほしい。
なんでヴェネチアがこんなに厳しいかっていうと、東方貿易の拠点がここにあるから。香辛料、絹、真珠、染料なんかに混じって、アジアからコレラやペストの菌が西欧に入ってくることがたまにある。だから、海外からこの地にたどり着いた外国人や物資は、念入りにチェックされるってわけ。毎年どこかしかでペスト流行ってるし、僕も旅をしているとき健康管理には気を付けてた。
あとは、金・銀・銅の硬貨をジャラジャラ持っていると大変だから、銀行から為替手形を発行してもらうと良い。それから、僕は父親に紹介状を書いてもらって、現地の侯爵や銀行家に旅行中の衣食住の面倒を見てもらったりしていた。紹介状も、旅の道具としてはマストだろう。
3.常備薬
次は常備薬だけど、これはもちろん、人によって差が出るところ。僕は船酔いするほうだから、ドーバー海峡は酔い止めがないと絶対に無理! と思って、薬を持っていった。
他は、酢を1瓶、ブランデーを1瓶、アルクビュザード水(硫酸、酢、アルコール、砂糖水などの混合液)、ペルーの香油、塩化アンモニアの小瓶、鎮痛剤の小瓶、オーデコロンとか。これらを木箱に入れて持って行った。
ちなみに僕の旅には、家庭教師の先生が1人と、召使が1人同行してくれて、3人で2年間移動していました。荷物は召使か現地で雇った人が持つから自分で持つ必要はないんだけど、それでもできるだけコンパクトにしていたつもり。
4.乾燥させた動物の膀胱
乾燥させた動物の膀胱。何に使うかっていうと、傷口に包帯を巻きたいときの代わりとか。あとはやっぱり、旅行中に羽を伸ばして、いろいろ体験してみたいと思ったんだよね。ていうか、僕の父親も若い頃やったことだし、むしろ旅行中のそれを奨励してるムードすらある。女性のことが何もわからないなんてダサイし、紳士になるための通過儀礼ってヤツじゃないかな。
一応、なるべく売春婦と女優と歌手とは遊ぶなって父親に言われた。病気が移る可能性が高いからね。遊ぶなら由緒正しい伯爵夫人にしとけって。お互い本気になると大変だから、人妻と遊ぶくらいが手頃でいいと僕も思う。まあ、やるなと言われるとやりたくなるもので、売春婦とも何度か遊んだけどね。幸い、この「乾燥させた動物の膀胱」を毎回使っていたからか、病気にはなってない。
あ、付け加えておくけど、今回の僕の旅の持ち物は、『一七九三年の旅行者心得』ってガイドブックの内容とけっこうかぶっている。僕は帰国した後に読んだんだけど、この冊子、めちゃくちゃ役に立つからオススメです。旅に出る前に読みたかったな。
5.折りたたみ式の鉄のベッド
宿屋のベッドって、僕レベルの人間が泊まるところですら、ノミとダニと南京虫だらけでちょっと寝られたもんじゃない。だから、家から折りたたみ式の鉄のベッドを持って行く。マットレスも持っていくし、枕も、ベッドシーツも持って行ったよ。まあ、持つのは僕じゃなくて召使だけど。
僕がいちばん長く滞在したのはパリだったんだけど、パリにいるときももちろん、この鉄のベッドで寝起きしていた。朝遅くに起きて、裁判所や廃兵院を見て、昼食をとって、芝居小屋に行って、そのあと飲み屋で同じ境遇の仲間とどんちゃん騒ぎ。ちなみに、パリってすごく美しい都市なんだけど、なんか臭うんだよね。どこも馬車が通っていてガラガラうるさいし、肉とか魚が腐ってゴミが散乱してる。もう一度行きたいかって聞かれたら、NOかも。
6.馬車
馬車。これは、我らが祖国イギリスのものを旅行でも使いたい派と、現地調達すればいいじゃん派で分かれると思うんだけど、僕は後者。やっぱり、イギリス製のベルリーナ・タイプの四輪馬車はエレガントで軽くて最高だけど、僕はドーバー海峡を渡った先のカレーで中古の馬車を買って、フランスにいる間はずっとそれを使っていた。馬車ではアルプスは越えられないから、フランスを出るときに一度売り払って、ジェノヴァに行ったときにまた中古のやつを買い直した。
中古の馬車の乗り心地はあまり良いとは思えなかったけど、フランスの道路もここ最近でだいぶ改善されたみたい。座席に詰め物をいっぱいして、あとはクッションもたくさん用意しておいたほうが良い。そうしないとお尻が痛くなっちゃう。
7.ピストル
僕が思う旅の必需品、最後はピストル。これがないと何かあったとき命を守ることができないから、絶対に必要。幸い僕は一度も使うことがなかったんだけど、だからといって持っていかなくてもいいって理由にはならない。父の知り合いで、カレーからパリに行くまでの道中、馬車が盗賊に襲われて、現金も指輪も時計もすべて盗られた上に一行まるごと皆殺しにされたって人がいる。彼らはピストルも鉄砲も持っていなかったんだそうだ。
直接襲われはしなかったけど、パリからリヨンに向かう途中、オルレアンの森を抜けるときはやっぱりちょっと不気味だった。オルレアンの森って追い剥ぎが出ることで有名なんだけど、この追い剥ぎ、捕まって裁判にかけられた後、立木に吊るし首にされるんだよね。馬車でガラガラ走ってて、ちょっと外の景色でも見ようかなと思って周囲に目をやったら、2〜3人が木にぷらーんとぶら下がっているわけ*2。
このオルレアンの森って、怖いからできるだけ通りたくないんだけど、それでもどうしても通らないといけないルートだったりする。かなり危険な場所なので、従者ともども、行く人は絶対に武装していってほしい。
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最後に。親としては、僕にこの旅を通して、フランス語やイタリア語を身につけさせたり、芸術の審美眼を養わせたり、コミュニケーションのスキルを上げて国際人として通用する人物になって欲しいっていう願いがあったみたいだ。でも、実際に2年旅してみて、僕の中でそれらが培われたかっていうと微妙かも(笑)。
それでも、パリでどんちゃん騒ぎしつつもセンスを磨いて最先端のファッションに身をつつんだり、各地でいろんな売春婦や貴婦人と遊んだりしたのはやっぱり楽しかったし、あとは真面目な話、ローマやナポリでの光の輝きの美しさにはけっこう感動した。あの太陽の光のきらめきは、僕たちの街・ロンドンではちょっとお目にかかれないと思う。
何にせよ、貴重な体験をさせてくれた父に感謝している。僕も息子が生まれたら、僕が旅したのとほぼ同じルートを旅させて、国際人としての教養を養わせたい。
楽しいことだけじゃなく、無駄なことも、怖かったことも、危険なこともたくさんあったけど、それらすべてが、今の僕を作っているんだって思う。
まとめ(ブログ管理人よりコメント)
というわけで今回は、2年間かけて現在のフランス・イタリアにあたる地域へ「グランド・ツアー(大周遊旅行)」に出かけ帰国したばかりの、1767年ロンドン生まれの貴族のおぼっちゃま、ヘンリー・ハズリット氏より読者寄稿をいただきました。18世紀の英国では、20歳前後の貴族の若様が、大学へ行く代わりにフランスとイタリアを旅するのが流行りだったみたいです。みなさんも、ヘンリーぼっちゃんの旅の持ち物、ぜひぜひ参考にしてみてくださいね。
ところでヘンリーぼっちゃん、いつもブログ読んでますって言ってくれてるんですが、どうやって読んでるんだろう? まあいっか。寄稿ありがとう!
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*1:画像は『グランド・ツアー―英国貴族の放蕩修学旅行 (中公文庫)』p35より、ボズウェルがコルシカ島に渡ったときのヴィザ
*2:画像は『グランド・ツアー―英国貴族の放蕩修学旅行 (中公文庫)』p152