チェコ好きの日記

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30歳女が観る"デキちゃった"映画『イレイザーヘッド』

このブログを書いている人は現在30歳の女性であるが、しかし実際の中身はオッサン……ではなく、ガリガリに痩せている病的にナイーブな16歳の少年である。そう、ちょうどガス・ヴァン・サントの映画に出てくるみたいなね。毎日ストリートでスケボーしてるし。もしくはやっぱり、『ライ麦畑』のホールデン・コールフィールドくんやね。



……と、いうのはもちろん冗談だけど、先日アップリンクデヴィッド・リンチの『イレイザーヘッド』を久しぶりに鑑賞してきた。前に観たのは学生のときだったから、およそ10年ぶりの再会ということになる。学生のときからずっとそうだけど、私はリンチの映画はたぶんこの『イレイザーヘッド』がいちばん好きだと思う。


イレイザーヘッド デジタル・リマスター版 [DVD]

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物語のあらすじは簡単だ。イレイザーヘッド、つまり主人公の「消しゴム頭」ヘンリーはしがない町の印刷工。しかしまだまだ若いヘンリーくん、なんと恋人を妊娠させてしまう。彼女に泣かれ、彼女の両親には「結婚して責任をとれ」と迫られ、「俺の人生、終わった……」という心の声と同時に、彼は悪夢を見るようになる。


家族が集まる食卓にはピクピク動いて血を流す丸焼きチキン、生まれてきたのは奇形の赤ん坊、ラジエーターの中の女性シンガー、隣人の女性の誘惑、皮膚病の謎の男。

天国ではすべてが上手く行く。天国では何でも手に入る。あなたのよろこびも私のよろこびも、天国では何もかもいい気持ち


──ラジエーターの中の女性シンガーはそう歌うけど、つまり、この世では何もかも上手く行かないし、何も手に入らないし、あなたのよろこびも私のよろこびも、この世においては何もかもが不快で気に入らねえってことだ。


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10年ぶりに改めて観ても、私はこの映画の世界観がやっぱりめちゃくちゃ好きだった。


でも、これを素直に「好き」と言えるのは私の中の16歳のスケボー少年のほうで、もう1人の30歳女性のほうは、久々に観てちょっと首を傾げてしまっているところもある。実際、これを観て怒る女性は少なくないと思う(というか、奇形の赤ん坊が出てくる映画なので、妊婦さんや幼い子供がいる人は観てはいけない)。ヘンリーくん、君はのんきに悪夢を見ていられるかもしれないけど、女の人はこういう状況に陥ったら悪夢を見る暇すらなく、本当に本当に大変なんだよ!


まあ、突然ガールフレンドを妊娠させてしまって「やっべ」と思う気持ちは1人の人間として理解できなくはないのだけど、ちょっと自分勝手だし、「ごちゃごちゃ言い訳してねえでテメエがやったことの始末はテメエでつけな!」と言いたくもなってくる。この消しゴム頭め。とにかく、「俺の人生、終わった……」が主題の映画なので、女の人は置いてきぼり、ポリティカル・コレクトネスという言葉の前ではおそらく即死の作品である(いろんな意味で)。


それを反映してか、この映画のレビューを書いているのは圧倒的に男性が多い(たぶん)。しかしだからこそ、女性の私も何か書かないとバランスが悪いような気がして、ある種の使命感から今これを書いているんだけど。

天国ではすべてが上手く行く。天国では何でも手に入る。あなたのよろこびも私のよろこびも、天国では何もかもいい気持ち

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前述したように、『イレイザーヘッド』はひじょ〜に未熟で自分勝手なクズ・消しゴム頭のヘンリーくんが主人公だし、どうしても”デキちゃった”という部分に目が行きがちな作品である。ただ私はやっぱり、16歳の少年としてはもちろんだけど、30歳の女性としても、改めて観たこの映画がちゃんと好きだということを強調しておきたい。


映画の中では「赤ん坊」という形態をとっているけれど、このグロテスクな生き物が象徴しているのは、もっと普遍的な「他者」だと私は思う。


永遠に続くかと思っていた愛すべき俺の日常。でも、その日常には様々な形でいつか必ず「他者」が侵入してくる。ヘンリーくんの場合はそれがガールフレンドの妊娠や生まれてきた赤ん坊だったわけだけど、受験だって就職だってはじめてのセックスだって、グロテスクなのは皆同じだ。他者はいつだって暴力的で、俺をめちゃめちゃにしてしまう。「いい気持ち」になんてなった試しがない。そうだっただろ?


まあだから言いたいことは、あまりこの作品を「アレは精子のメタファーだから……」みたく「男の映画ですから!」みたいな文脈で語らないでほしいし、女の人にもこの作品を怒らずに観てほしいってことなんだけど、それはただの私個人の願望だ。これを普遍的な解釈にしようなんて思ってない。


でもほんと、私はこの作品好きだな〜〜〜。今のところ具体的な予定はないけど、きっと妊娠してもお母さんになっても、私の中にはずっと病的にナイーブでこの世の何もかもが気に入らねえ16歳の少年が住み続けるし、『イレイザーヘッド』は死ぬまで好きだと思う。


だれか、この「サリンジャー病」を治す方法を知っている人がいたら教えてほしい。まあ、教えてもらったところで治さないけどね。自らの意志で。


あとアップリンクで売ってたこの本が読みたい! デヴィッド・リンチキース・ヘリングに影響をあたえた本だそうです。


アート・スピリット

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