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チェコ好きの日記

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3月生まれのみんな、お誕生日おめでとう。

思ったこと

突然だけど、私は早生まれ、それも3月生まれである。つまり、今月某日に誕生日がやってくる。

この話を知っている人は多いと思うが、早生まれの子供は幼少時代、4月とか5月生まれの子供に比べ、知能・体力ともに劣っていることが多い。

しかし、幼稚園や小学校に入る際には、他の月に生まれた子供たちと同じ学年で、同じ土俵にのって、勉強や運動をやっていくことになる。そのため、周囲の大人や友人に、早々に「できない子」の烙印を押されてしまうケースがある。それが本人の自意識にも影響をあたえ、本当に「できない子」になっていってしまうーー1月〜3月生まれは四年制大学に進学している割合が低いとか、中高一貫校に通っている割合が低いとか、私はデータとかを見るのが下手くそなのでどこまで信憑性があるのかわからないけど、そういった報告もあるらしい。

事の真偽はともかくとして、3月生まれの私が幼少時代、ずっとずっと強い劣等感をもって生きてきたことは事実である。まわりの子より体が小さく、頭が悪く(今でも良くないが)、足が遅かった。しかしそんなことより何より苦痛だったのは、自分が通っていた片田舎の幼稚園で毎月開催されていた、「お誕生日会」である。

20代後半となった今では一瞬のように過ぎてしまう1年も、幼稚園児にとっては、地獄のように長い。待っても待っても他人の誕生日を祝うばかりで自分の誕生日はやって来ず、ようやくめぐってきた3月の「お誕生日会」は、なんだか雰囲気がシラけている。子供というのは正直なので、いつでも「次のこと」に夢中で、「いちばん最後のもの」には、これっぽっちも興味をしめさないのだ。まわりがシラけているので、私自身もシラけるしかない。ーーこのようにして、「自分の誕生日は人様に祝ってもらえるようなもんではない」という、歪んだ自意識が、私のなかで形成されていったのである。

これが3月生まれにとっての「あるある」なのか、私だけの特殊な事例なのかどうかはわからないが、少なくとも幼稚園時代の私にとって、3月生まれは大きなコンプレックスだった。4月に生まれたかったなんて贅沢はいわないから、せめて10月生まれだったら、12月生まれだったらと、そんな夢想を幼稚園バスのなかで、何度繰り返したことだろう。もし将来、私が母親になることがあったら、3月に子供を産むのを避けるため、家族計画をきちんと立てたい……というのは冗談だが、まあそれくらい、「最後」というのはイヤなものなのである。4月から2月にお生まれの皆様には、このあたりの事情をぜひともご理解願いたい。

★★★

翻って、「3月生まれ」がコンプレックスでなくなったのは、さていつ頃だっただろうか。小学校高学年くらいか、中学生くらいか。そして、早生まれであることがコンプレックスどころか、むしろちょっぴりお得だと思い出してしまったのは、これまたいつ頃だっただろうか。大学生くらいか。とくに私は大学院に入院して社会人デビューが遅くなったせいもあり、社内の人とかに「そういえばいくつなんだっけ?」みたいなことを聞かれたときは、3月生まれのおかげで、この2年のダブりを多少なりとも誤魔化せているような気になる。非常にみみっちい話だが、自分にだけ特別な猶予をあたえられているような心持ちがし、いろいろなことを考える上で、やっぱり便利なことは便利なのである。

ーーしかし、その話は今回は置いておこう。誕生日を前にした私が考えるのは、「自分にとってもっとも幸福な時代は、はたしていつだったのか?」ということだ。

個人的な意見をいうと、「もっとも幸福な時代」が、過去にあるのはよろしくない。それは常に「今」か、もしくは未来になくてはならない。時計の針を逆に進めることは不可能で、過去をとり戻すことはできないからだ。何事においても不平等なこの世の中でたったひとつ、時間だけは、私たちに平等に訪れて、誰しもを確実に、「老い」と「死」へ導いていく。この流れには、逆らうよりはうまく利用して乗ったほうが、賢明というものだろう。

さて、最初の質問に戻ろう。「自分にとってもっとも幸福な時代は、はたしていつだったのか?」

私にとって、それは少なくとも、3月生まれのコンプレックスと小さな体とアホな頭を抱え込んでいた、幼少時代ではない。中高生の時代でもない。自分がどっちへ進めばいいのか皆目見当がつかなかった、学部生時代でも院生時代でもない。「もっとも幸福な時代」は、常に「今」か、もしくは未来にある。感性が鈍いといわれようと情緒がないといわれようと、私は感傷的になるのはキライなんである。「あの頃はよかった」なんていうくらいなら、自殺したほうがマシだ。


しかし、だとしたら、二度と戻れない日々への郷愁を描いたタルコフスキーの映画『ノスタルジア』や、『The Great Gatsby』の物語に、私が心を奪われてしまうのはなぜなのか。

The Great Gatsby (English Edition)

The Great Gatsby (English Edition)

ーtomorrow we will run faster, stretch out our arms farther…. And one fine morning― So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.

上記は『The Great Gatsby』の最後の一節だが、私はここまで美しく、完成された文章を他に知らない。明日はもっと速く走ればいい。もっと長く腕を伸ばせばいい。そうすれば、いつか晴れた朝がやって来るだろうーー私たちは、みんなそう思って生きている。しかし、実際にはどうか。「自分にとってもっとも幸福な時代」が、未来にあると信じられるだろうか。それがもし過去にあるのだとしたら、私たちはどこに向かって、舟を漕げばいいのだろう。

これはあくまで自分の場合だが、おそらく私にとっての「もっとも幸福な時代」とは、実際に過ごした時間のなかにあるのではなく、ある種の心象風景として存在している。映画や小説のなかに、私は実際にはなかった、過去の時間を求めているのだ。そしてその「もっとも幸福な時代」はときに、現実に過ごした時間と同等に、あるいはそれよりも強く、私の人生や思想に作用する。

年齢を1つ重ねるということは、積み上げられた物語が1つ増えるということだ。あるいは、これから享受できる物語が、1つ減るということだ。それ以外の意味はないし、意味を持たせてはいけない。誕生日が恨めしいほど待ち遠しかった幼少時代も、無機質なカレンダーの記号となってしまった20代後半の今も、1年の重さも軽さも変わらないのである。私たちはただ、物語を丁寧に積み上げることに集中すればよい。

3月生まれの我々は、時間の流れに関して、きっと他の月の生まれの人より敏感だ。そんなことないかな。とりあえず、この月に生まれたすべての人に、お誕生日おめでとう、と私はいいたい。

誕生日は、死へのカウントダウンだ。見つめなければならないのは、目の前の「老い」ではなく、そのもっとずっと先にある「死」である。それ以外の意味はないし、意味を持たせてはいけない。