チェコ好きの日記

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社会を信じるか、大衆を信じるか?/『隠居系男子的。』の感想

くいしんさん(@Quishin )が編集されている、灯台もと暮らし運営会社Wasei代表の鳥井弘文さんへのインタビュー本、『隠居系男子的。』を読みました。あまり自分のことを語らない鳥井さんが、人目に触れるかたちでは初めて、自分のルーツや生い立ちや学生時代のときの挫折経験などを語った本になっています。くいしんさん、鳥井さんは直接の知り合いでもあるので、少々気恥ずかしい面もありますが、今回はこの本の感想を書きます。

社会を信じるか? 大衆を信じるか? のタラレバテスト

いきなり本題に入る前に前置きをしておくと、最近の私は、自分の身近な人から著名人まで、いろんな人に対して「この人が信じているのは大衆か、それとも社会か、どっちだ!?」なんてことを考えてしまいます。別にそれがわかったとしても特に得るものはないんですが、そういうことを無駄に考えることが私は楽しいわけです。先日のツイキャスで、くいしんさんともこの話していますね。
aniram-czech.hatenablog.com

それぞれがどういう思想の持ち主なのかというと、まず大衆を信じている人。この人は、「1人1人、個人が幸せになることによって全体が幸せになる」と考えている人です。一方、社会を信じている人は、「まず社会のシステムを変えないと、だれも幸せになれない」と考えている人です。両者は決して対立するわけではないのですが、大衆を信じている人からすると、社会を信じている人はちょっと冷酷に見えるかもしれません。また、社会を信じている人からすれば、大衆を信じている人はちょっと楽観的すぎるんじゃないかというふうに見えます。ちなみに私は、思いっきり「社会を信じている人」です。大衆を信じていません。

「自分がどちらの思想の持ち主かわからない」という方は、簡単なテストがあるので考えてみてください。考える議題は、〈『東京タラレバ娘』の3人はどうしたら幸せになれるのか〉です。

3人はどうしたら幸せになれるのか。おそらく、作者の東村アキコさんは「大衆を信じている人」なので、この3人をなんとかして妥協させる、もしくは男性への見方や価値観を変えることによって、「幸せな恋愛や結婚」を手に入れさせてあげる。そういう方向で、今後物語を進めていくのではないかと思います。3人の内側にある恋愛観や人生観を変え、幸せになれるように説く人。これは「大衆を信じている人」ですね。

一方、「社会を信じている人」はどう考えるか。あくまで私の場合ですが、私はこの3人に対して、「もう恋愛も結婚もしないで3人でシェアハウスでもやって仲良く暮らせばいいじゃん」って思いました。特に、上記リンクの4巻を読んで。

ちょっとネタバレになっちゃいますけど、4巻で、主人公の倫子に映画オタクの彼氏ができるんですよ。でも倫子は、この彼氏といてもあまり幸せな気分にならないんですね。眠気に耐えながら彼氏と『青いパパイヤの香り』を観るのより、友達の香や小雪と3人で、『セックス・アンド・ザ・シティ』を観ながら騒ぐほうが楽しいと。で、私は、それならそっちの「楽しい!」感情を素直に優先したほうがいいんじゃないの、と思いました。倫子はこのまま、恋愛も結婚もせずに女友達と仲良くしてたらいいんです。

なぜそれができないか? というと、社会からの重圧があるからです。女性は恋愛して結婚して幸せになるべきという無言の圧力が、周囲からかかるからです。だとしたら、そういう重圧がない社会に作り変えたらいい。どうやって作り変えたらいいのかというと、もちろん一朝一夕というわけにはいきません。古今東西、あらゆる社会の設計の思想や歴史を学び、「女3人でシェアハウスやることは別に間違ってない」と大声をあげていっていくことです。そして、「そうか、別に間違ってないんだ!」と共感してくれる賛同者を増やしていくことです。女3人だと子供ができなくて社会が衰退する? お外の彼氏と子供を作ってきたらいいです。3人ともシングルマザー。心配することはありません、3人の子供はきっと、外野の声をよそに幸せにすくすくと育ちますよ。女同士だと家事や育児の協力も楽しいんじゃないかと私は思います。お父さんとお母さんがいて、子供がいて、という家族形態にこだわる必要はありません。もっと多様な家族形態が共存する社会になったほうがいいと、私は考えています。はい、というわけでいささか極論ではありますが、これが「社会を信じている人」が考えるタラレバ娘たちが幸せになる方法です。

あなたはどちらの、というかどのような方法で、この3人を幸せにできると考えますか?

どちらの方向を向いた経営者なのか

前置きが長くなりすぎて書評から完全に逸脱していますが、この本のようにインタビューというかたちで話を聞いていくと、その人がどういった思想を持っている人なのか、というのがわかってきて面白いなという話をしようと思いました。

本に関していえば、鳥井さんという方はちょうど真ん中くらいの立ち位置で、物事を考えられているんだと思います。社会を信じすぎるでもなく、大衆を信じすぎるでもなく。法学部にいらしたので、「マイノリティを守る」という思想が根幹にあって、そして「自分たちだけが成功すればいいとはこれっぽっちも思わない」と思っていて、でもそれが飛躍することなく、まずは足元の土台をかためようと「泥臭いこと」を積み重ねようとしている。私はというと、間がポーンと抜けて、ちゃぶ台ひっくり返して、「よし、もうこれはあれだ、革命だ!!!」みたいな方向に行きがちな人間なので、少々反省しました……。革命はね、あんまり成功しないです。世の中をいっきに変えることはできないので、地道にコツコツ変えていく方法を考えたほうが賢明ですね。

社会全体の幸福度を上げるためには、まず1人1人が幸せになるべきなのか。それとも、社会のシステム自体を変えるべきなのか。正解はないけれど、たぶん自分が「大衆派」なのだとしたら、まわりに「社会派」の人間を何人か配置しておくべきだし、自分が「社会派」の人間なのだとしたら、まわりに「大衆派」の人間を何人か配置しておいたほうがいい、とも思いました。個人の思想っていうのはどうしてもクセが出るものなので、自分のなかだけでバランスをとろうとするんじゃなく、全体で見たときにバランスがとれるように考える。自分の人間関係の理想ってそういうかんじだなー、というふうにも考えました。

そして、こんなふうにインタビューをしてもらえて、しかもそれを電子書籍というかたちにできて、人に読んでもらえるというのは、なかなか羨ましく贅沢な体験だな、とも思います。「ふつうの人」は……という言い方をすると、「そもそもふつうの人とは」みたいな話から始めないといけなくなるので別の言い方にしますが、「自らを適切に語る言葉や場を持てない」という人は、程度の差こそあれ、います。そういう人たちに向けて私が書いたのが「文章が上手くなる方法って? にけっこう真剣に答えました|チェコ好き|note」であったりもするのですが、まあその話はまた別の機会に。

だけどやっぱり、自分が何に中指を立てていくのか、だれを幸せにしたいのか、幸せとはどういう状態であるのか、そういうことを考えていけない人には今後の社会は生きづらくなるだろうな、という予感をさせる本でした。いつの日かこの本が「幻の、伝説の1冊」として静かに、でもカルト的に祭り上げられる日が来たとしたら、そのとき社会は今よりもう少し、でも確実に面白くなっていると思います。これを機に、読者は自分のルーツや思想を振り返ってみるといいかもしれませんね。というか、振り返ったほうがいいですよ。

というわけで、「前置きが長い」というか「ほぼ前置き」というかんじになってしまいましたが、そんなことを考えた1冊でした。みなさん、よい週末をお過ごしください。