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チェコ好きの日記

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最後でなんだかすっごく笑う イエジー・スコリモフスキ『イレブン・ミニッツ』

映画 チェコ以外の東欧

イエジー・スコリモフスキというポーランドの映画監督が作った『イレブン・ミニッツ』という映画を観ました。『イレブン・ミニッツ』は今後全国で公開していくようなので、劇場情報などの詳細は公式サイトで確認してみてください。

スコリモフスキ(噛みそう)の作品は私、前に『アンナと過ごした4日間』を観たことがあって、それがけっこう好きでした。なお『アンナと過ごした4日間』は、中年男がある女性のストーカーになって部屋を監視するという話なのですが、気持ち悪さがなく悲しい気分になってくるという変な映画です……。

そんなわけで、以下は、『イレブン・ミニッツ』の感想です。

ポスター/スチール 写真 A4 パターン2 イレブン・ミニッツ 光沢プリント

これは4DXではない!

まずごく当たり前の確認なのですが、この映画は3Dでも、ましてや4DXでもない、普通の2Dの映画です。だけど、私にはなんだかこれが4DXに思えて仕方がありませんでした。というのは比喩ではなく、「あれ? 今椅子が動いた!?」と勘違いしたことが上映中何度かあったからです。普通の2Dの映画なので、椅子は動きません。あと、上映中に地震があったとかでもありません。


様々な人物の11分間を描く『イレブン・ミニッツ』予告編

なぜこんな勘違いを私がしたかというと、『イレブン・ミニッツ』の画面がものすごく計算されていて、どの映像がどんな効果をあたえるかを監督が全部ちゃんと考えているからだと思います。映像のなかにあるすべて、ホコリや壁のシミにもすべてに意味があって、ホコリや壁のシミが観客を襲ってくるみたいな映画です。ちなみに『イレブン・ミニッツ』のストーリーはというと、映画監督と女優とその夫、ホットドッグ売りのおじさん、ヤク中のバイク便男、とまったく関係のない登場人物たちがわらわら登場してきて、それがまったく関係のないまま物語が進んでいくというものです。感覚としては、ポール・トーマス・アンダーソンの『マグノリア』にちょっと似ているかもしれません。

確かに王道ではないけれど、こういうのはストーリーとしてまったく新しいかといわれるとそんなことはないし、「映像のすべてが計算されている!」といいつつも、それ自体もそこまで珍しいものだとは思いません。唯一いうことがあるとするなら、今はゴダールだって3D映画を作っていて、4DXの映画とかもある時代です。表現の幅がぐんと広がっているので、今まで問答無用で2Dだったところを「それはなぜ2Dなの?」という疑問にわざわざ答えてやらないといけない。そういう、やや面倒な仕事が発生しているのがたぶん今の時代です。

そんななかで、もし「これはなぜ2Dなの?」と聞かれたとき、『イレブン・ミニッツ』はおそらく「2Dでもここまでできるから」と答える気がします。なんか、そんな反骨精神をかんじる映画です。

最後でなんか笑う

あんまりいうとネタバレになっちゃうのですが、この映画はラストに向かってすべてが集約していきます。そして、最後でなんだかめっちゃ笑います。だけど、最後で何か面白おかしいことが起きるわけではありません。ただ、あまりにも情報量が多すぎて、脳が処理しきれないので、もう笑うしかないみたいな状況になるのです。

人間は、面白いことがあったとき、幸福な瞬間、楽しいときだけに笑うのではありません。物事を皮肉るとき、人に意地悪をするとき、そういうときにも笑います。私は大学と大学院でブラックユーモアの研究をしていたので、後者のタイプの笑いがすごく好き……というと私の人格が疑われますが、実際に好きなんだからしょうがないですね。ちなみに「ブラックユーモアが好き」って言いっぱなしだとやはり人格を疑われる気がするので念のため自分をフォローしておくと、好きなのはこういう理由があるからです。

『イレブン・ミニッツ』の最後の笑いはなんなんだろう……これもブラックユーモアの一種なのかもしれないし、何かもっと別の笑いかもしれません。ただ、ラストが本当に(笑えるという意味で)面白かったなー。あと、音楽がすごく良くて、この映画を観たあとずっとパヴェウ・ムィキェティンの音楽を聴いていました。しかし「ムィキェティン」って、ものすごく覚えづらい上に発音しにくいぞ。このカタカナ表記、なんとかならないのでしょうか。

とりあえず、『イレブン・ミニッツ』は面白かったのでおすすめです。欲をいうと、『アンナ』で牛の屍体が川をゆっくり流れていく荒廃した映像が好きだったので、ああいうのを私はもうちょっと観たかったですね。


アンナと過ごした4日間