ピカソいえば、「よくわからない絵」の代表格のようなものですよね。
これはピカソの『泣く女』というタイトルの絵ですが、正直、これを見ても「???」って感じではないでしょうか。
かくいう私も、実は「???」だったりします。
このブログでは基本的に、私の好きな作品や、作家を取り上げることが多いです。
でも、たまには「別に好きじゃない」「可もなく不可もなく(私にとって、ですよ)」な作品・作家も取り上げてみようかな? と思ったので、今回はピカソについて、ちょっと考えてみることにします。
タイトルには“わかる”という言葉をいれてしまいましたが、私は芸術作品に「わかる」「わからない」という評価を下すのは適切ではない、と思っています。
「わかる」という言葉を使うと、数学の問題を解くように、そこに唯一絶対の“解”があるように思えてしまうからです。
ではどうやって芸術作品に評価を下すのかというと、「わかる」「わからない」ではなくて、「大好き」「好き」「普通」「嫌い」「最悪」、「カッコイイ」「ダサい」とかのほうが、芸術に親しみやすいし、適切なんじゃないかなー、と思っています。
なので、私がいうピカソが“わかる”とは、ピカソを“好きになる”、ということです。
上記の評価基準を使えば、私にとってピカソは「普通」の作家です。別に好きではないけれど、かといって嫌いなわけではない。
そんな私と一緒に、ピカソを“好きになる”方法を、一緒に考えてみましょう。
★★★
1・作家の人生を調べてみよう
小説や映画など、いわゆる“作品”といわれるものにはすべて共通することですが、作家の人生観や性格などは、“作品”にそのものずばり、正直に表れます。
そして鑑賞する側としても、さまざまなものを見て(読んで)自分の「好きな作品・作家」が蓄積してくると、そこに一定の共通点があることに気が付くはずです。
作家の人生観や性格が作品に表れるのと同じように、鑑賞する側の人生観や性格も、「好きな作品・作家」に表れてくる、というわけです。当たり前といえば当たり前ですね。
ちなみに、私が愛好する作品・作家は、「孤独」とか「傍流」とか「皮肉」とかのキーワードで、つなげられることが多いです。
MY神様であるチェコの映画監督ヤン・シュヴァンクマイエルは、社会主義という政治のもとに抑圧され、作品の制作を禁じられた時期がありました。チェコが社会主義国から脱し、資本主義国となった今も、今度はその資本主義を批判する姿勢を貫いています。しかも、真っ向から批判するのではなく、ちょっとお下品な皮肉や、ブラック・ユーモアを使って。
他にも、何とも悲しくさみしい絵を描くフランスの画家オディロン・ルドンや、生前は評価されず、小説のなかでも徹底して絶望を描いたプラハ出身の作家フランツ・カフカなど、ようは「何かパッとしない、暗い作品」が好きなのです。
これはつまり、私が「何かパッとしない、暗いヤツ」だということです。
えっ……?
(気をとりなおして)
上記にあげた、私が好きな作家の人生を調べていくと、体が弱くてご飯がたくさん食べられなかったり、幼い頃に両親に捨てられていたり、自分の仕事になじめなかったり……といった胸の痛むエピソードが、次々に浮かび上がってきます。これらの体験が、作品に表れているのは間違いありません。
一方、今回のテーマであるピカソは、「生前に、もっとも経済的に成功した画家」、といわれています。
彼の絵は、現在でもオークションに出品されれば、たちまち何億円という値がつきます。
しかしそれは現在に限った話ではなく、彼が生きている間でも、テーブルクロスにサラサラッとサインすれば、それはすぐさま「芸術作品」に姿を変え、数十人分のディナーの代金を、軽く払えたということです。生前は評価されず、死後やっと注目されるようになったゴッホなんかとは、わけがちがいます。ピカソ自身、「私が紙にツバを吐けば、額縁に入れられ偉大な芸術として売り出されるだろう」という、何とも自信満々な――でも、事実そうであったのでしょう――な、発言をしています。しかも、ピカソは20代後半で画家として経済的に成功したので、他の画家たちが経験せざるを得なかった「売れない貧乏生活」で涙を流した期間が、とても短いのです。
またピカソといえば、派手な女性関係でも有名ですよね。
20代で知り合った最初の同棲相手であるフェルナンド・オリヴィエ、ピカソの最初の妻であるオルガ、そのオルガと結婚しながら密会を重ね子供まで産ませたマリー・テレーズ、オルガとの離婚を待ち望んでいたマリー・テレーズを裏切って愛人にしたドラ・マール、画学生のフランソワーズ・ジロー、そして最後の妻ジャクリーヌ・ロック。
ピカソと関わっていた女性が、記録に残っているだけでこれだけいるのですから、記録に残っていない女性も含めたら、とんでもない数になるのではないかという気がします。
そして、ピカソという男は女性に対して非常に意地悪なヤツでして、新しい恋人に前の恋人が苦しんでいる様子を聞かせて優越感に浸らせたり、前の恋人からの手紙をわざと見える場所に置いて新しい恋人を嫉妬させたり、「君と結婚するから!」といって女性を夫と離婚させておいて、離婚と同時に自分はさっさと別の女性と結婚してしまったり。とにかく、必要以上に女性に意地悪(というか、もっとタチが悪い……)をして、必要以上に女性の嫉妬心を駆り立てる男でした。芸術家としてはともかく、1人の男として見たら、ピカソはサ・イ・テ・イだと思います。
画家として生前から高く評価され、経済的な成功と、数々の女性を手にしてきたピカソ。
こうして考えてみると、「暗くて、パッとしない」作品が好きな私と、ピカソの作品の、相性が良くないことがよくわかります。
「暗くて、パッとしない」私にとって、ピカソっていうヤツは、なんつーか「いけすかないヤツ」だ、ということです。
好きになるどころか、だんだんピカソがキライになってきました……あれれ。
2・自分のなかの「不幸」を大事にしよう
ところが、ピカソの作品をいろいろ見ていくと、こんな作品もあることに気が付きます。
こちらは、ピカソが亡くなる前年に描いた、彼の最後の自画像です。
この絵から何を読み取るかは見る者にゆだねられていますが、あり余るほどの富と名声を手に入れた男の最後の自画像としては、何ともさみしく、悲しい絵だと思いませんか。
この絵については、焦点の定まらない不安定なピカソの眼差しを、老いによる性への絶望と見る解釈、反対に、この眼差しさえもピカソのしたたかな仮装だとする解釈など、さまざまな解釈が存在するらしいです。しかし、何となく悲しい印象を見る者にあたえるという点においては、変わりません。
そしてこの絵は、私が唯一、ピカソの絵のなかで心をつかまれた作品でもあるのです。
人間には、「幸せな人」と「不幸な人」の2種類がいるわけではありません。どんな人にも「幸せな時期」と「不幸な時期」があり、その配合や割合が、人によって異なるだけです。
「いけすかないヤツ」であるピカソにも、亡くなる直前に、自分が手にしてきたものは何だったのだろうと、孤独と絶望に打ちひしがれた時期があったのかもしれません。もちろん、この絵の眼差しがピカソの仮装だというのなら、私はまんまとピカソの策略にのせられたことになるのですが、まぁそれはいいです。
小説や映画や美術といったいわゆる「アート」は、その出発点を、作家自身の衝動や情熱、そしてそれを生み出した「不幸」に求めることが多いです。「幸せになっちゃうと、いい作品が作れないんだよね」っていうやつです。
憶測ですが、若くして経済的成功と画家としての名声、そして美しい妻を手に入れたピカソは、きっと「幸せ」になってしまうことがイヤだったのではないかと思います。「幸せ」っていいもんですが、芸術作品を生み出すものとしては、ちょっとパワーが足りません。「不幸」や「苦しみ」、「憎悪」、「嫉妬」といったネガティブなもののほうが、作品を生み出す原動力としては、圧倒的なパワーをもっています。印象派以降の、現代美術といわれる分野では特に。
なので、ピカソがわざわざ女性の嫉妬心を駆り立てるような意地悪をしてきたのは、きっとその女性のドロドロしたエネルギーを吸収し、作品に昇華させるためだったのでしょう。女性が苦しむ様子を見て、自分の感情にも大きな波が生まれ、その波を芸術作品を生み出すことに利用していたのでしょう。
芸術家とは、まことに因果な商売です。
しかし、因果な商売であるのは、芸術家だけではありません。
鑑賞側にとっても、この話はあてはまります。
見る側にとっても、あまりに「幸せ」だと、芸術作品を見ても心が揺れません。もちろん、ピカソのように異性関係をわざわざめんどくさい事態にする必要まではないですが、自分のなかに潜んでいる「不幸」な部分をないがしろにしないほうが、アートを見る感性は高まります。
人生のすべてが100%幸せな人っていうのはきっといないので(もしいたら、その人はむしろ不幸だといえます)、自分のなかにあるドロドロした部分のフタをたまには開けてあげて、大事にしてあげることで、それまで何とも思わなかった作品が途端に心に響くものになったりします。
ピカソと私のような、一見共通点がない者同士でも、お互いの「不幸のフタ」を開けてみると、少なからず共鳴する部分があるものです。
というわけで、ピカソに関わらず、「???」と思ってしまう作品・作家があったら、まずは作家の人生を調べてみて、さまざまな作品を見て、自分と共鳴する部分を探してみましょう。
これがピカソ(や、その他の芸術)が“わかる”ために必要な2つのこと、だと私は思います。
ま、私はやっぱりピカソよりオディロン・ルドンのほうが好きですけどね!
※今回の参考文献
- 作者: 西岡文彦
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