ちょっと前の話になってしまうのですが、8月17日に渋谷のアップリンクでやっていた、ブジェチスラフ・ポヤルの上映会に行ってきました。
ブジェチスラフ・ポヤルという人は、チェコアニメの歴史を語る上ではかなりの重要人物。こちらのアップリンクでは2014年12月まで、ポヤルのようなチェコアニメ史における有名な作家の作品を月1で上映していますので、お時間のある方はぜひ足を運んでみてほしいです。
チェコ人の名前って絶対に1回で覚えられんだろっていうかんじの噛みそうなやつが多いんですが、ブジェチスラフ・ポヤルも例外ではありません。名前も作風も非常にチェコらしいポヤルなんですが、今回はそんな8月17日のポヤル作品の上映会&トークショーの内容で、興味深かった点を忘れないうちにメモしておこうと思います。
アンチ・ディズニーとしてのチェコアニメ
今ではすっかりディズニーの存在感が大きくなってしまい、「西のディズニー、東のチェコアニメ」なんて構図はちょっと成り立たなくなっちゃっていますが、そもそもチェコのアニメは戦前、「ディズニーに対抗する」ことを1つの目標としてきました。チャペック兄弟が現れ、ヘルミーナ・ティールロヴァーが現れ、イジー・トルンカが現れ、今に至る80年近い歴史を形成してきたわけですが、ポヤルはそのうちの70年間のチェコアニメの歴史に関わってきたといわれています。
チェコアニメの歴史についてしゃべり出すと長くなるのでやめときますが、簡単にちょっとだけ触れておくと、この歴史はチェコという国が社会主義政権下に置かれていた時期があったことを抜きにして語ることはできません。映画や美術は厳しい検閲にかけられ、国家の意志に背く芸術はことごとく禁止されてきた時代、アニメだけは「子供が見るもんだし、まぁいっか」ということで、ちょっとだけ規制が緩かったんですね。そのため、本来は映画監督であったり画家であったりするはずの人物が多くアニメーターの世界に流れ込み、「子供向けアニメだけど今見るとめちゃくちゃ面白い」っていう芸術性の高い作品が、プラハやズリーンでたくさん生まれることになったのです。
死んで喜ばれるミロスラフ・シュチェパーネク
さて本題なんですが、チェコアニメの歴史の体現者であるともいえるポヤルの作品において、ミロスラフ・シュチェパーネクという人物が担当した美術は、とても重要な存在です。8月17日に上映された作品のなかでは『ぼくらとあそぼう!』、『ふしぎな庭』に、シュチェパーネクが関わっていたようです。
ポヤルとシュチェパーネクはチェコアニメ史上最高のコンビともいわれており、そんな2人の間はさぞ深い信頼関係で結ばれ、互いの才能を尊敬し合っていたのだろう……なんて思うんですが。
どうやらそういうわけでもなかったようで、2005年にシュチェパーネクが亡くなった際、ポヤルは「やっとあいつが死んだ!」と大喜びでご機嫌だったんだとか(トークショーで語られた秘話)。「ワタシが葬式に出ないわけにはいかないから葬式には出たけどね、本当はあいつの葬式なんて出たくなかったんんだよ、死んでくれてホントに嬉しいよ」と、仕事の大切なパートナーの死を嬉々として語るポヤル……舞台裏も一筋縄ではいかないブラック感あふれるチェコアニメ、やはり素晴らしいです。
かわいい少年たちが小さな冒険を繰り広げるポヤルの『ふしぎな庭』の裏では、ポヤルVSシュチェパーネクの「オレはこうしたいのに!」「ちがうっつってんだろ!」みたいなクリエーター同士の仁義なきやりとりがあったようで、こんなに夢があって素敵な作品の裏がドロッドロだなんて、何だか余計に愛おしく感じてしまいます。
ちなみにポヤルの『ぼくらとあそぼう!』は、背の高いクマと低いクマの2匹がユニークな会話を織りなすかわいらしいアニメですが、背の高い憎たらしい嘘つきクマのモデルがシュチェパーネクで、ちょっとニブくてバカな背の低いクマのモデルがポヤルだと考えると、とても面白いです。全力で騙し合い、全力で自分のことしか考えず、全力で遊ぶ2匹。これぞまさに子供の世界、という感じです。
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たくさんの論敵を作って死にたい
人は自分の死を考えるとき、できれば家族に、友人に、仕事仲間に、多くの人に惜しまれ嘆かれ死んでいきたいーーそんなことを思うのではないでしょうか。
でも、ポヤルとシュチェパーネクの関係を見てみると、そんな多くの人が理想的に思う「死」は必ずしも私の望むことではない、ということに少しだけ思い至りました。
惜しまれ嘆かれる「死」もいいけれど、憎まれ喜ばれる「死」も、つまりそれだけ周囲の人間に大きな影響をあたえるような生き方も、案外悪くないのではないか、そんなふうに考えたのです。
「(チェコ好き)め、やっとくたばったか。あいつがいなくてせいせいするよ、今日から世界はバラ色だ!」
私の「死」を、そんなふうに喜ぶような生涯の敵がいたらちょっと嬉しいし、そんなふうに思われるのってなかなか骨のあるいい人生なのではないでしょうか。シュチェパーネクは、ポヤル以外にもチェコアニメの業界でたくさんの人に嫌われ、その存在を疎まれていたようですが、多くの人に憎まれるということは、同時に多くの人に愛されてきたということでもあります。茨の道かもしれませんが。
と、ちょっと尻すぼみ感のある今日のエントリなんですが、チェコアニメの上映会で、思わぬ人生の指標を見つけてしまったという話でした。ブジェチスラフ・ポヤルも2012年に亡くなっていますが、ポヤルとシュチェパーネクは、きっと天国でもアニメ作ってケンカしてるんだろうな、と思います。