『桐島、部活やめるってよ』で有名になった、
朝井リョウさんの直木賞受賞作『何者』を、
ちょっとした好奇心から、読んでみました。(一晩で!)
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20130117-OHT1T00003.htm
初の平成生まれの直木賞受賞だそうです。
すごいですねー。
- 作者: 朝井リョウ
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/11/30
- メディア: 単行本
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『桐島』は、主人公が高校生ということもあり、
アラサ―の私にはちょっと若すぎるかな? と思って読んでいないのですが、
『何者』の主人公たちは、就職活動を始めた大学生です。
対象年齢がちょっとあがった(それでも若いけど)ので、
読んでみることにしたのです。
今回は、そんな朝井リョウ『何者』の感想です。
★★★
“読みどころ”が多すぎて……
さて、『何者』のテーマとなっているのは、
大学生――それも、おそらくそれなりの偏差値を誇るであろう有名大学の、
「就職活動」です。
では、この小説で「就活」をする、
6人の主人公たちを紹介しましょう。
にのみやたくと@劇団プラネット @takutodesu
コータロー! @kotaro_OVERMUSIC
田名部瑞月 @mizukitanabe
RICA KOBAYAKAWA @rika_0927
宮本隆良 @takayoshi_miyamoto
烏丸ギンジ @account_of_GINJI
@の後ろは何じゃ?と思うなかれ。きっと、見覚えがあるはずです。
そう、これはtwitterのアカウントです。
この小説の主人公たちは、twitter、facebook、LINEといったSNSを使う、
イマドキの大学生。
(どうでもいいけど、イマドキって言葉、イマドキじゃないですね笑)
とくに、この小説では、「twitter」でのつぶやきが、
物語の重要な要素になっている、まったく新しいタイプの小説なのです。
ここまでtwitterというアイテムを物語のなかに取り入れたのは、
『何者』が初めてでしょう。
物語中のそこかしこに、絶妙に配置されている登場人物たちのツイートは、
ときに彼らの仮面であったり、本音であったり、さまざまです。
拓人(@takutodesu)と光太郎(@kotaro_OVERMUSIC)は、
ルームシェアをしている同じ大学の友人同士。
2人が暮らすアパートの上の階には、最近同棲を始めた
理香(@rika_0927)と隆良(@takayoshi_miyamoto)が住んでいます。
拓人と光太郎、理香とその友達である瑞月は、
理香と隆良が同棲しているアパートの部屋で、
これから始まる、就職活動の情報交換をすることになります。
自分の志望業界について語り合ったり、
ES(エントリーシート)を見せ合ったり、
OB訪問や面接の様子を報告したり。
みんなで協力して就活を乗りこえていく……
と思いきや、理香と同棲している隆良は、
同じ学年であるにも関わらず、就活する彼らを尻目に、
こんなツイート。
宮本隆良 @takayoshi_miyamoto 2日前
彼女のシューカツ仲間がうちに来て会議中。就活なんて想像したこともなかったから、ある意味、興味深い(笑)。そんな彼女たちを横目に、買ってきた「思想を渡り歩く」を読み進める。ゼロ年代文化の転換期(変革期といってもいい)についてのコラム集。とっても興味深い。instagram…
お気に入り 1
隆良は、就活とか就職とかをするのではなく、
いろんな人と出会って、たくさんの本を読んでモノを見て、
会社に入らなくても生きていけるようにしたい、というのです。
「就活自体に意味を見いだせない」んだとか。
そんな隆良の、twitterのプロフィール画面を見てみましょう。
宮本隆良 @takayoshi_miyamoto
休学を経て、現代総合美術館学芸員堀井さん(@earth_horii_art)運営のホームページ、「アートの扉」(http://www...)にてコラム「センス・オブ・クリエイティブ」連載準備中。創造集団【世界のプロローグ】所属(第4期)。創造的な人との出会い、刺激に敏感。最近はコラムや評など文章を書くことに興味。人と出会い、言葉を交わすことが糧になる。
何やら、アーティスティックな雰囲気ですね。
自分たちが就活に勤しむなか、自分の価値観に従って堂々とふるまう隆良に、
主人公の拓人は、実は良い印象を抱いていません。
隆良の「アーティスティック」な雰囲気は、自分がかつて所属していた
大学の劇団サークルの、烏丸ギンジを思い起こさせるからです。
烏丸ギンジ @account_of_GINJI 1時間前
【演劇】×【新ジャンル】、新たな企画始動中。色んな分野の色んな人と打ち合わせを重ねる日々。前は某人気番組の放送作家さんなんかにも打ち合わせ参加してもらっちゃったりして、ちゃくちゃくと進行中。毎日面白い人に会ってる。最高のものができる予感。
リツイート2 お気に入り1
実はギンジは、大学を中退し、今は大学のサークルではなく、
自分で劇団を立ち上げ、毎月1回必ず公演を行なっています。
拓人とギンジは、サークルの劇団時代に決定的な言い争いをしてしまい、
現在は2人の間に交流はありません。
互いのツイートを、ネット上で人知れずこっそり見るのみです。
一方、そんな隆良の彼女である理香は、着々と就活を進めており、
こんなツイートをします。
RICA KOBAYAKAWA @rika_0927 1時間前
今日もキャリアセンターでES見てもらってから面接の練習。色んな人にアドバイスもらえて、ヤル気アップ! このあとは瑞月たちと集まって就活会議。仲間がいるって心強い!
理香は留学経験があり、海外インターンも経験している国際派。
TOEICの点数をアピールすることも忘れません。
さらに、「世界の子どもたちの教室プロジェクト」に参加していたり、
【美☆レディ大学】企画運営をしていたり、
名刺の裏に書くネタには、事欠かず。
しかし、「下の階」の住人である拓人と光太郎は、
理香の熱心すぎるともいえる「意識高い学生」としての就活のやり方に、
疑問を感じています。
「理香ちゃんのログ追ってたらさ、なんか、【今日は御社の面接に行ってきます。どんなお話をさせてくださるのかすごく楽しみです】とかその人に向かって言ってたりすんだぜ? やばくね? マジびっくりだよ。何だそのアピール方法」
「就活」という目標を共有しているとはいえ、それぞれの就活に対するスタンスは、
どうやらバラバラのようです。
そんな陰口がたたかれるようになった頃、
ついに最終面接まで進む人が現れたり、
WEBテストになかなか受からなかったり、
だれかのtwitterの裏アカウントを見つけてしまったり……。
就活仲間たちの間に、徐々に不協和音が生じ始めます。
★★★
「プロフィールを全部伏せて、誰にも正体を分からないようにして、本音を吐き出す用のアカウントを持ってる人ってけっこういるんすよ。ツイッターとかで」
前述したように、この小説では「twitterでのつぶやき」が、
物語での重要な要素となっているのですが、
とくに、物語のキーとなるは、とある人物の「裏アカウント」。
「メールアドレスで検索する」という方法で、
仲間のだれかの裏アカウントを検索し、それを発見してうのです。
ほかにも、仲間のPCの履歴や、検索上位の単語を見てしまい、
相手の思わぬ一面を知ってしまったり。
そう、『何者』は、イマドキの大学生を取り囲むSNSやITの状況を、
物語の装置としてとても有効に使っている……
何というか、ミステリー小説なのです。
もちろん、そこに描かれているのはごく普通の就職活動であり、
殺人事件は起こらないし、だれも何も盗まないのだけれど、
これは、「仲間の本音をさぐる」、
ミステリー小説であり、ホラー小説だと思います。
最後にドンデン返しもあります。あ!言っちゃった
私は数年前までは大学生だったので、彼らを取り囲むITやSNSの様子は、
一応「実感として」わかります。
でも、もっと上の年代の方が『何者』を読んだら、
これは、一種のSF小説のように思えるかもしれません。
そんな『何者』、読みどころがとにかくたくさんあります。
本当は1つ1つ紹介したいところですが、かなり長くなりそうなので(笑)、
今回はそのなかで、もっとも気になった1点のみ、
感想を書いてみたいと思います。
★★★
「内定」という嘘っぱちのゴール
私は、今は会社員ですが、数年前までは大学生でした。
なので、
彼らを取り巻く状況の息苦しさ、ギリギリさ、
そして大きな大きな不安、
内定が出ない恐怖、友達に先に内定が出てしまう恐怖、
「何者」にもなれないのではないかという恐怖。
そんなものを思い出して、心臓が苦しくなりました。
就職活動をする大学生の間では、
より多くの、
より大手の、
より人気の、企業の内定を、
“できる限り早く”
得た者が、「勝ち」です。
頭ではそんなものくだらないとわかっていても、
だれかと自分をくらべ、優越感に浸ったり、劣等感に苛まれたり。
しかも、物語中で拓人が独白しているように、
「就活」では、何が正解なのかわかりません。
努力や入念な準備が、必ずしも結果に結びつくとは限らず、
気楽な、要領のいい人物が「大手企業」の内定をあっさり勝ち取っていったりします。
理香のような、「痛々しい」までのアピールをする子や、
隆良のように、「自分はまわりの人間とはちがう」と、
就活する仲間を見下す子がいたりもします。
だれが「正解」なのか、わかりません。
だから、大きな大きな不安に耐え切れず、まわりの仲間には内緒で、
裏アカウントで、こっそり心情を吐露するツイートをしたりするのです。
陰口たたくなら一緒にいなきゃいいじゃんよ……と思いますが、
就活では確かに「情報量」が勝負を決める、という側面もあるので、
なかなか1人でやるというわけにもいかないのです。
そして、人生経験の乏しい学生には、「内定」が、
まるで人生の最終結果、ゴールであるかのように見えます。
小学校で有名中学を受験したのも、
進学校である高校を目指して猛勉強したのも、
有名大学でボランティアやサークル活動を頑張ったのも、
すべてはこの、就職のためだった、という意識があるからです。
なので、大手人気企業の内定を勝ち取れば人生も「勝ち」で、
中小零細ブラック企業の内定しか取れなければ、人生も「負け」です。
大学生もバカではないので、
「本当は勝ちとか負けとか、そういうもんじゃない」というのは、
わかっています。頭のなかでは。
それでもあえて、「勝ち負けとかどうでもいいよ」と、
今の大学生に、
まだ、大学生だった当時の自分に、
社会人を数年やってみた私は、いってあげたいです。
物語の後半で、就活仲間の1人である瑞月が、
非常に印象的なセリフをいいます。
「最近わかったんだ。人生が線路のようなものだとしたら、自分と同じ高さで、同じ角度で、その線路を見つめてくれる人はもういないんだって」(中略)
「私たちはもう、たったひとり、自分だけで、自分の人生を見つめなきゃいけない。一緒に線路の先を見てくれる人はもう、いなくなったんだよ。進路を考えてくれる学校の先生だっていないし、私たちはもう、私たちを産んでくれたときの両親に近い年齢になってる。もう、育ててくれるなんていう考え方ではいられない」
大学までは、みんな同じタイミングで、小学校、中学校、
高校を卒業し、大学に入り、就職活動を始めました。
でも、大学を卒業したあとは、結婚も出産も、あるいはそれを「しない」という選択も、
転職も、留学も、無職になるのも、海外へ移住するのも、
すべてはバラバラで、何もかもを自分で決めなければなりません。
当たり前ですが。
もう、「線路の先」を一緒に見てくれる人はいない。
なので、有名企業に内定しようと、ブラック企業に内定しようと、
そこから先の活躍や、忍耐強さを見てくれるのは、もう「自分」だけなのです。
この小説には、いわゆる「意識高い学生」というか、
「私、頑張ってます」「オレ、君たちとちがいます」
アピールをしてくる(笑)学生が登場します。
でも、その「頑張り」や「ちがい」を見てくれ、
認めてくれる人間は、
もうすぐだれもいなくなります。
あとはもう、ごまかしようのない、
「自分との闘い」が、待っているだけなのです。
※ただ、「意識高い系」という名前をつけて、
彼らをバカにしていると、痛い目を見ることになります。
ちょっとネタバレですが……
しかし、まだまだそのことに気付かず、自分をごまかし、
SNS上で一定の“キャラ”を演じ、
他人に“アピール”しなければならない大学生の世界は、
非常に窮屈で、かわいそうだなぁと思ってしまいました。
ちょっと時期外れではありますが、
私はちきりんさんの、昨年4月に書かれた
4月から新社会人になる皆さんへ - Chikirinの日記
というエントリが、好きなんですよねー。
ここで語られている項目は、ことごとく主語が「自分」です。
何かを決断するのも、
何かに評価をくだすのも、
何かを目指すのも、諦めるのも、
すべては「自分」です。
私は、まわりの羨望をあつめるような会社には入れなかったけれど、
現在も絶賛人生に悩み中だけれど、
でも、大学生の頃より、すいぶん生き易くなったなぁ、と感じています。
すべてを「自分」で決めていけるのは、この上ない「自由」です。
この小説に描かれている大学生たちも、もうすぐ、
そのことに気が付くでしょう。
早く、大学生という虚飾の世界を卒業しておいで!
Welcome to the real world !
★★★
この『何者』という小説、非常に後味が悪いというか、
ハッピーエンドでは終わらない小説になっています。
(そこがいいんですけど。)
若手社会人にとっては、大学生の頃を振り返る、
痛々しくも思い出深い1冊となるはずです。
また、多くのことを考えさせられる小説ではありますが、
前述したように、単なるミステリーとしても面白いし、
人によっていろいろな読み方ができると思います。
直木賞受賞の話題作、どうでしょうか。
おすすめです。