私がはじめてその写真家の作品を見たのは、2007年だったと記憶しています。
モノクロで、小さな瞳でこちらを見つめている、赤ん坊の写真。
でも、その小さな瞳には、表情がないのです。
不思議に思って、写真の隣にあった解説を、少し読んでみました。
それは、すでに死んでいる赤ん坊の写真でした。
地域の習わしで、天国に行くときに道に迷わないよう、両親は赤ん坊の目を開けたまま、埋葬するのだそうです。
あの写真の赤ん坊の、ガラス玉のような瞳が忘れられず、同時に私は、その作品を撮った写真家の名前を覚えることになります。
彼の名前は、セバスチャン・サルガド。
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サルガドは、1944年、ブラジル生まれ。ドキュメンタリー写真・報道写真の分野で活躍する写真家です。
しかし、そのキャリアのスタートは写真家としてではなく、エコノミストとしてでした。アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの発展途上国をまわり、その中で貧困や飢餓、内戦のようすなどを目の当たりにします。写真家としてのキャリアがスタートしたのは、1970年代。
今回紹介したいのは、日本でも2009年に展覧会が開かれた、彼の「アフリカ」という写真集です。
Africa: Sabastiao Salgado: Africa
- 作者: Mia Couto,Sebastiao Salgado
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タイトルのとおり、そこには様々な「アフリカ」の姿が映し出されています。
紛争地帯としてのアフリカ。
戦車と、銃を持った兵士、また、子供たち。義足の人々。そして、死体。
貧困と飢餓に喘ぐアフリカ。
過酷な労働に励む女性に、お腹がパンパンに脹れあがった子供、またガリガリに痩せて骨と皮だけになっている子供。
自然と動物たちに恵まれたアフリカ。
乳房をさらけ出して動物たちと戯れる女性に、水を飲みながらこちらをじっと見つめるヒョウ、おどけた表情のペリカン、そして砂漠。
彼の写真は、アフリカの過酷な現実を真正面から映しているにも関わらず、よくある報道写真のように、凄惨な場面を見せて「同情を誘う」ような類のものではありません。
サルガドのファインダーを通して映る人々は、強い視線でまっすぐにこちらを見つめ、われわれが確かに同じ人間であることを訴えかけてきます。
人間は、どんな過酷な状況であっても、自身に誇りと尊厳をもって生きることができる。サルガドの写真に写る神話のように美しい人々、動物、自然は、たとえそれが餓死する寸前の子供であっても、圧倒的な生命力にあふれています。
2009年、彼の単独の写真展が東京都写真美術館で行われたとき、「人間」という野生のエネルギーむき出しのその世界観に、ちょっと頭がクラクラしましたよ。
それから長らくサルガドのことは忘れていたのですが、最近ふと思い出して、決して安いものではないのですが、写真集を買ってしましました。
やっぱり、この世界観はすごすぎます。
写真集の表紙になっている、この男の子の目つきとか、たまらないよね。カメラに興味津々で、挑戦的で、被写体になることを堂々と受け入れている。
いわゆる“作家”の写真って、カメラのこちら側の存在、撮影者や鑑賞者の存在を、はっきりさせないものが多い気がするんです。
でもサルガドの撮る人々は、まっすぐに“こちら”を見つめています。撮影者であるサルガドや、鑑賞者であるわれわれの姿を。そしてその視線は、私たちに、安全地帯からアフリカを眺めることを許してくれません。彼らと同じアフリカへ、過酷な現実へ、いっきに引き入れられてしまいます。
セバスチャン・サルガドの写真に魅入られてしまう人が、1人でも多くふえますように。
Sahel: The End of the Road (Series in Contemporary Photography, 3)
- 作者: Sebastiao Salgado,Orville Schell,Eduardo Galeano,Lelia Wanick Salgado,Fred Ritchin
- 出版社/メーカー: University of California Press
- 発売日: 2004/10
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