チェコ好きの日記

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渦巻く嫉妬と『世紀の光』

前回の日記Twitterなどで「私は『カメ止め』を評価しない!」みたいなことを散々いっているのだけど、これはまあ、バレているかと思うが嫉妬というか、マウンティングである。どういう類の嫉妬/マウンティングなのかというと……。


たとえば、合コンに行くとするじゃん*1。そしたらね、その合コンでAちゃんばっかりめっちゃモテるわけ。いやわかるよ、Aちゃんかわいいし、ノリいいし、愛嬌あるし、モテるのわかるんだけど。でも、みんなにBちゃんの魅力にも気付いてほしいなって私はいつも思うわけ。Bちゃんは確かに地味だ。ノリもよくないし、隙がなくて近寄りづらいっていうのもわかる。でも、何回も会っているとわかるんだけど、Bちゃんは物事に対して独特の視点を持っていて、洞察力もあって、淡々としゃべるけど話がめっちゃ面白いの。だから、Aちゃんが人気なのはわかるんだけど、みんなもっとBちゃんに注目して! っていう、そういう嫉妬だ。


この場合、Aちゃんが『カメラを止めるな!』であり、Bちゃんは私が同じ日に観たアピチャッポン・ウィーラセタクンの『世紀の光』である。



映画「世紀の光」予告編


アピチャッポンの映画は、いわゆる「映画好き」の間では非常に評価が高くて国際的な賞もたくさんとっているのだけど、私のまわりではあまり観ている人がいない。少なくとも、Twitterのタイムラインを騒がすような映画ではない。でも、「英BBCが選んだ「21世紀 最高の映画100本」にはアピチャッポンの映画が3本もランクインしている。60位に『世紀の光』、52位に『トロピカル・マラディ』、37位に『ブンミおじさんの森』が入っている。アピチャッポン・ウィーラセタクンは、2018年時点で現役で活躍している映画監督の中では、私がもっとも好きな監督でもある*2


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(※ちなみに「英BBCが選んだ〜」の記事、1位はデヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』でした。私はリンチといえば『イレイザーヘッド』!)


Bちゃん──いや、『世紀の光』は確かにわかりにくい映画だとは思う。


ネタバレが重要な映画ではないので(でも気になる人は以下は読まないでね)概要を書いてしまうと、この作品は2部構成になっている。第1部は、ノスタルジックなタイの田園風景の中にぽつんとある病院で、女性医師が新米の男性医師に面接を行なっている場面から始まる。ちなみに「病院」はアピチャッポンの映画に頻出するモチーフなのだけど、これはアピチャッポンの父親が医師であったことに関係しているらしい。病院の一室や病人が横たわっているベッドは、監督にとって強いノスタルジーを喚起するものなのだろう。


映画の中では特に劇的なことが起こるわけではない。歯科医が僧を治療している場面があったり、僧が医師に病状を相談している場面があったり、冒頭の女性医師が突然青年に求婚される場面があったりする。でも、すべて淡々としている。正直、退屈に感じられる場面だってあるだろう。


https://www.cinra.net/uploads/img/news/2015/20151125-seikinohikari06_full.jpg
(『世紀の光』 ©2006, Kick the Machine Films Co Ltd (Bangkok))


不思議な感覚がわき起こるのは第2部だ。第2部は、都市部にある真っ白で清潔な近代的な作りの病院で、またも女性医師が男性医師に面接を行なっている場面から始まる。第1部とまったく同じ質問と応答が、ここで繰り返される。


冒頭以外も、ほとんどが第1部の反復である。歯科医と僧。僧が医師に病状を相談している。異なるのは、舞台となっている病院だけ。田園風景の中にポツンとある病院が、真っ白で近代的な病院になっただけ。


ここで私たちがおそらく思い浮かべるのは、「記憶」や「輪廻」といった言葉と、それに付随するノスタルジー、そして「反復」への軽い絶望である。自分が、成仏できない浮遊霊になったかのような感覚を味わう。


私はずっとここにいて、変わりゆく風景を眺めている。確かに、何も変わらないわけではない。病院の設備や、会話の細かいディティールは変わる。でも、いつの時代にも、どんな場所にも、なんとなく同じような人がいて、なんとなく同じような会話をずっと繰り返している。生ぬるくて、あたたかい絶望に包まれる。私にとっては、それは決して居心地の悪いものではないのだけど。


カメラを止めるな!』では、観客は観客だ。共犯者的ではあるけれど、やっぱり観客である。多くの映画はそうだし、もちろんそれが悪いというわけではない。


でも、『世紀の光』はすごく不思議で、これを観ている「私」は幽霊なのだ。場所をするすると移動する。そこで起こることに、「私」は関与できない。ただじっと、反復される光景をながめている。退屈で、生ぬるくて、頭がぼーっとしている。映画館を出たあとも、「私」はしばらく幽霊だ。だから、誰とも会話できなくなる。


そんな不思議な感覚をもたらすBちゃんに、私は「また会いたい」って思ってしまうんだよな。だから、アピチャッポンの映画を今後も私は観続けるだろう。


映画評や書評を書くことが多い私だけど、正直、「こんなこと書いて何になるんだろ?」という思いはいつもつきまとっている。マンガに映画、本、Netflix、ウェブの記事、雑誌、世の中にはありえない量のコンテンツが流通していて、自分が気になるものを追うだけでも精一杯だ。そこに、新たに「人のおすすめ」なんて入る余地あるのだろうか。ないだろう。みんな、忙しい。


それでもまだ、即効性を感じられるもの、窮地に追い込まれた自分を救ってくれるかもしれないもの*3、Aちゃんみたいに魅力がわかりやすいものであれば、入る余地がある。でも、『世紀の光』はそのどれでもない。即効性はない、窮地に追い込まれた自分を救ってくれない、おまけに魅力はわかりづらい。


この記事だってたいして読まれないと思うけど(別にすねてるわけじゃありません)、それでも書いてしまうのは、「アピチャッポンって聞いたことがある名前だな、どこで知ったんだっけ?」程度でいいから、この風変わりな聞きなれないタイの映画監督の名を、脳に刻んでおいてほしいからだ。


この人の映画は本当にすごいと、私は思う。Bちゃんまじでかわいい。



Fez - Neil & Iraiza
(※ところで私はアピチャッポンの映画音楽っていつもめちゃ好きになってしまう。これは『世紀の光』のエンディングに流れる音楽)

*1:ちなみに私は合コンに行ったことが人生で1回もないのですが……これはたとえ話なので……

*2:ゴダールシュヴァンクマイエルだって現役っちゃ現役だが、あれはもう評価の揺るがない巨匠枠なので

*3:好きな人から返事が来ない…不安で「追いLINE」する前にこれ読んで!|AM」がこれに当たります。ここで勧めた本はとてもおすすめ